※ この記事は、しまっていた衣類ににおいが生まれる仕組みと、収納や手入れを考えるときの「判断の軸」を整理する情報記事です。特定の商品の効果を保証するものではなく、においの感じ方や結果には個人差があります。
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博士〜…衣替えで去年のセーターを出したら、なんだかツンと古くさいにおいがしたんです。ちゃんと洗ってからしまったはずなんですけど…これってなんですか?
ふむ、良い質問だ。そしてこの季節にいちばん多い相談でもある。結論から言えば、「しまっていた服のにおい」は1種類ではない。少なくとも3つの別々の出どころがあって、それが混ざって鼻に届いている。……この「混ざっている」というのが、実に面白いところなんだ。まず整理しよう
1. 「しまっていた服のにおい」は1種類ではない ── 3つの道すじ
衣替えのにおいの相談がうまく解決しないのは、たいてい3つのにおいをひとまとめに「カビくさい」と呼んでいるためだ。出どころが違えば、効く手当ても違う。だから最初に分けておきたい。
| 道すじ | におい方の特徴 | 効いてくる条件 |
|---|---|---|
| ①カビ・菌由来 | 土っぽい、きのこのような、地下室のような | 湿気+養分(皮脂・汚れ) |
| ②皮脂の酸化 | 古い油のような、酸っぱさをふくむ、いわゆる「古くさい」 | 時間+酸素+温度(菌がいなくても進む) |
| ③移り香 | 防虫剤くさい、段ボールくさい、木や接着剤のような | 収納空間のにおいと繊維の吸着 |
ここが要点だ。①と②は、どちらも「服に残った皮脂」から始まっている。だから「しまう前にどれだけ皮脂を落としきったか」という一手が、2つの道すじに同時に効く。③だけは服の側ではなく置き場所の問題だ。──分けて考えれば、やることはぐっと減る
ぜんぶ「カビ」だと思ってました…。出どころが違うんですね
なぜ「出した瞬間」だけ、あんなに強く感じるのか
そういえば不思議なんです。出したときはすごく気になったのに、しばらく着てたら分からなくなっちゃって…。においが消えたんでしょうか?
消えたのではなく、君の鼻が報告をやめたんだよ。これは嗅覚順応といって、人の鼻は同じにおいを嗅ぎ続けると感度を下げていく。危険を知らせるのが本来の役目だから、変化のないにおいは「もう伝えなくていい」と判断されるんだ
ここに、衣替えならではの事情が重なる。半年ぶりに出した服は、順応がすっかり切れた状態で再会するにおいだ。毎日着ている服のにおいには気づけないのに、しまっていた服だと一発で分かる——この落差は、においが特別に強いからではなく、鼻の側の条件が違うためだと考えると筋が通る。
そしてこれは、やや厄介な意味も持つ。「着ているうちに気にならなくなった」は、におわなくなった証明にはならない。すれ違う人の鼻は順応していないからだ。
順応を外して確かめるコツ
出した服を一度しまい直し、外出から戻った直後に、荷物を置く前に嗅いでみる。外の空気で鼻がリセットされた数十秒がいちばん当てになる。判断は「着る前」に済ませておくほうが楽だ。
この「気づけなさ」の仕組みそのものは、こちらで詳しく扱っています:
2. 道すじ① カビ・菌由来 ── においを作っているのは「湿気」より「湿気+養分」
あの土っぽいにおい、カビそのもののにおいなんですか?
正確には少し違う。においの正体はカビや細菌が代謝の過程で作り出す揮発性の成分で、まとめてMVOC(微生物由来揮発性有機化合物)と呼ばれている。湿気やカビの被害がある建物で調べられてきた分野で、報告されている成分は数十種類にのぼるんだ。……この手の成分表を眺めるのが、私は好きでね
土やきのこを思わせるにおいとして名前が挙がるのは、ジェオスミンや1-オクテン-3-オール(きのこアルコールとも呼ばれる)といった成分だ。つまり「カビくさい」と感じているのは、カビの体そのものではなくカビが働いた証拠として出てきた気体ということになる。
ここから、大事な含みが出てくる。においがするということは、そこで微生物が活動していた(あるいはしている)という報告だ。においを消す話の前に、活動する条件をどう外すかを考えたほうが早い。
条件は「湿度」と「養分」。そして養分は服が持ち込む
微生物が増えるのに必要なのは、大きく水分・養分・温度だ。このうち衣類の収納でいちばん動かせるのが湿度で、次が養分になる。
湿度の目安として、公的な基準がひとつある。オフィスビルなどに適用される建築物環境衛生管理基準(厚生労働省)では、室内の相対湿度を40%以上70%以下、温度を18〜28℃に保つよう定めている。住宅の収納に直接かかる規則ではないが、「上は70%あたりが目安」という線引きとして使える。
| 場所 | 起きやすいこと |
|---|---|
| 押し入れ・クローゼットの奥 | 空気が動かず、湿気が抜けない。壁面との温度差で結露することもある |
| 詰め込んだ衣装ケース | 衣類そのものが水分を抱えたまま、逃がす先がない |
| 床に直置きの収納 | 床からの冷えで、底面に水分がたまりやすい |
| クリーニングのビニールをかけたまま | 湿気が包み込まれ、抜け道がなくなる |
そして養分のほうだが、これは服が自分で持ち込んでいる。汗や皮脂、食べこぼし、そういった残りものが微生物の食べものになる。まっさらな繊維だけでは、そうそう増えられないんだ。だから「洗ってからしまう」は、単に清潔のためではなく、養分を持ち込ませないための一手ということになる
布に残った菌が、湿気と栄養が戻った瞬間からまた働きはじめるという現象は、洗濯物の生乾き臭でもよく知られている。原因菌としてモラクセラ菌(Moraxella osloensis)が同定されており、乾いている間はおとなしいが、条件が戻ると再びにおい成分を作り出す。収納は「長期間の、ゆっくりした生乾き」になりうると考えると、理屈がつながってくる。
布と菌の関係、湿度とにおいの関係は、こちらで詳しく扱っています:
3. 道すじ② 皮脂の酸化 ── 菌がいなくても、時間が進めてしまう
でも博士、ぼくの部屋はそんなに湿っぽくないんです。乾いたところにしまっていても、においがつくことってあるんですか?
ある。これが道すじ②で、微生物がいなくても進む化学反応だ。繊維に残った皮脂が、酸素と時間をかけてゆっくり酸化していく。できてくるのはアルデヒド類——古い油のような、あの「古くさい」においの一群だよ
この反応は、体の上でも同じように起きている。加齢にともなって増えやすいとされるノネナールも、皮脂に含まれる成分が酸化してできるアルデヒドだ。つまり「しまっていた服の古くさいにおい」と「加齢臭」は、反応のしくみとしては地続きということになる。
そしてこの道すじには、目に見えるサインがある。黄ばみだ。
脇や襟が黄ばんで出てきた服は、においも一緒に育っていることが多い。同じ「残った皮脂が酸化した」という出来事を、色として見ているか、においとして嗅いでいるかの違いだからね。黄ばみは、においの進行を目で読める数少ない手がかりなんだ
「クリーニングに出したのに」が起きる理由
ここで、よくある行き違いをひとつ解いておきたい。
一般的なドライクリーニングは有機溶剤で洗う方式で、油性の汚れ——つまり皮脂には強い。ところが汗に含まれる水溶性の成分は落ちにくい。だから「ドライに出してからしまったのに、翌シーズンに黄ばんでにおった」ということが起こりうる。汗を多くふくんだ衣類では、水を使う工程(いわゆる汗抜きやウェットクリーニング)を相談したほうが筋がよい。
ドライに出したから安心、じゃないんですね…! 汗のほうは残ってるのかもしれないって、考えたこともなかったです
皮脂が酸化してにおいになる仕組みは、体の側からも扱っています:
4. 道すじ③ 移り香 ── 服は汚れていないのに、収納のにおいを着ている
3つめは、服の側にはまったく問題がない場合だ。繊維は、まわりの空気のにおいを吸う。とくにウールやアクリルのような繊維は吸着しやすく、しかも半年という時間がある。
| 移り香のもと | 起きること |
|---|---|
| 香りつきの防虫剤 | 防虫成分そのものや香料のにおいが繊維に残る。出したときに「防虫剤くさい」と感じるのはこれ |
| 段ボール・紙袋 | 紙や糊のにおいが移る。湿気も吸うため、①の条件にも寄せてしまう |
| 新しい木製家具・収納 | 木や接着剤のにおいが、しばらくのあいだ空間にこもる |
| 置いたままの芳香剤・柔軟剤の残り香 | 本来は良い香りでも、こもると別のにおいに感じられることがある |
③の見分け方は案外かんたんでね。風を通した数時間で軽くなるなら、移り香の線が濃い。吸着しているだけだから、空気が入れ替われば抜けていく。逆に、干しても洗っても戻ってくるなら①か②——つまり服の側で何かが起きていると考えたほうがいい
干してみて、どうなるかで切り分けるんですね…! それならぼくにもできます
5. 「しまう」基準 ── 来年のにおいは、しまう日に決まっている
製品名ではなく基準で考えよう。衣替えの良いところは、出す日と、しまう日が同じ日に来ることだ。つまり今日ここを押さえておけば、半年後の自分が楽になる。においの世界は奥が深いが、判断の軸そのものは案外シンプルなんだ
基準①:見える汚れではなく「皮脂」を落としきってからしまう
いちばん効くのがここだ。前章のとおり、皮脂は①の養分にも②の材料にもなる。一度着ただけの服も、汗をかいていないつもりの服も、襟・脇・袖口には皮脂が乗っている。洗濯表示の範囲で温度を上げる、つけおきを足す、脇や襟を先に手当てする——どれかを足すだけで、残り方は変わる方向に働く。
基準②:完全に乾かしてからしまう。1枚の生乾きが、全体を巻き込む
密閉した収納のなかでは、湿った1枚が空間全体の湿度を上げる。しまう前に一度風に当て、厚手のものは中心部まで乾いたか確かめる。晴れた日にしまう、というだけでも意味がある。
基準③:詰めない。空気が動く余地を残す
ぎっしり詰めた収納は、湿気の逃げ道がなくなる。「あと1枚入る」でやめておくのが目安。クローゼットなら、服と服のあいだに指が入るくらいの間隔を残す。防虫成分を全体にまわす意味でも、すき間は要る。
基準④:湿度を下げる側に一手を入れる
①の条件をいちばん直接に外せるのが湿度だ。除湿剤を入れる/床から離す/ときどき扉を開けて空気を入れ替える。どれか1つでも、何もしないより湿度は下がる方向に向かう。除湿剤は吸いきると働かなくなるので、衣替えのタイミングで入れ替えると覚えておくとちょうどよい。
※ 効果や感じ方には個人差があります。置き型・シートなど形状によって適した場所が違い、吸湿量には限りがあります。交換の目安や使用できる場所は、必ず製品の表示と注意書きをご確認ください。
基準⑤:防虫剤は「無香」を選び、置き場所は上にする
③の移り香をいちばん作りやすいのが、香りつきの防虫剤だ。においを避けたいなら、パッケージに無香・においがつかないと書かれたタイプを選ぶ。置き場所にも作法がある。メーカー(エステー)の案内では、防虫成分は空気より重く、上から下へ広がるため、引き出しや衣装ケースではたたんだ衣類のいちばん上、クローゼットではハンガーパイプに掛けるのがよいとされている。下に敷くと、ほとんど上には届かない。
基準⑥:クリーニングのビニールカバーは外す
あのカバーは持ち帰るあいだのほこり除けで、保管用ではない。かけたままにすると湿気の抜け道がなくなる。外して、不織布のカバーに替えるか、そのまま掛ける。
ぼく、防虫剤を引き出しの下のほうに入れてました…。あと、ビニールもかけっぱなしでした
気づけたなら、それで十分だよ。6つ全部をやる必要はない。①と②だけでも、半年後はだいぶ違う。続かない完璧より、続く八割だ
6. 出した服がにおったとき ── 手当てには順番がある
すでににおってしまったものは、まず道すじを見分けてから手を打つほうが早い。順番を逆にすると、効かない手をくり返すことになる。
| におい方 | 見当 | 先にやること |
|---|---|---|
| 風を通したら軽くなった | ③移り香 | 風通しと空気の入れ替えで足りることが多い。収納側の原因(防虫剤・段ボール)を替える |
| 干しても戻る/土っぽい | ①カビ・菌由来 | 洗濯表示の範囲で洗い直す。温度や酸素系を足せるか表示で確かめる。収納側の湿度も同時に直す |
| 黄ばみがある/古い油のよう | ②皮脂の酸化 | 皮脂を落とす方向の洗い直し。黄ばみが定着している場合は、素材によっては戻りにくい |
| 広い範囲に斑点が見える | カビが定着している可能性 | 自己判断で強くこすらず、素材を伝えてクリーニング店に相談する |
正直に言っておくと、②が進みきったものは、においも黄ばみも完全には戻らないことがある。だからこそ、今日の「しまう」が効くんだ。手当てより、条件を作らせないほうが強い——においというのは、たいていそういう構造をしているよ
※ 本記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療に代わるものではありません。においの感じ方には個人差があります。カビの生えた衣類や収納を扱ったあとに、咳・鼻の症状・皮膚のかゆみなどが続く場合は、衣類の問題として片づけず、医療機関にご相談ください。アレルギーや呼吸器の持病がある方、治療中の方も同様です。
7. まとめ ── 分けて考えれば、やることは減る
- しまっていた服のにおいは1種類ではなく、①カビ・菌由来/②皮脂の酸化/③移り香の3つが混ざっている
- ①のにおいの正体は、微生物が作るMVOC。条件は湿気と養分で、養分は服が持ち込む
- ②は菌がいなくても進む化学反応。黄ばみが目で読めるサインになる
- ③は服ではなく置き場所の問題。風を通して軽くなるかどうかで切り分けられる
- しまう基準は皮脂を落としきる/乾かしきる/詰めない/湿度を下げる/防虫剤は無香で上に置く/ビニールを外す
- 出した服が強くにおうのは、においが強いからではなく嗅覚の順応が切れているから。判断は「着る前」に済ませる
半年ぶりに開けた引き出しは、言ってみれば半年かけて進んだ実験の結果発表だ。条件を書き込んだのは、去年しまった自分なんだよ。──そう思えば、今日の一手にも意味が出てくるだろう。仕組みが分かれば、においは「敵」ではなく「扱えるもの」になる。それがこの教科書の役目だよ
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参考文献
この記事の執筆にあたり、以下の科学文献・公的情報・メーカー公表情報を参照しております。
- Korpi A, Järnberg J, Pasanen AL. “Microbial volatile organic compounds.” Critical Reviews in Toxicology, 39(2):139–193, 2009.
- Kubota H, et al. “Moraxella species are primarily responsible for generating malodor in laundry.” Applied and Environmental Microbiology.
- Haze S, et al. “2-Nonenal newly found in human body odor tends to increase with aging.” Journal of Investigative Dermatology, 2001.
- Zouboulis CC. “Sebaceous gland physiology.” Dermatoendocrinology, 2009.
- 厚生労働省「建築物環境衛生管理基準」(空気環境の調整/相対湿度40%以上70%以下・温度18〜28℃)
- エステー株式会社「防虫剤の使い方」(防虫成分は空気より重く上から下へ広がるため、たたんだ衣類の上・ハンガーパイプに置く)